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shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†101】今日から、真のニーズ第2巻「育成術」を書き始めます。第1巻の「集客術」は、読むに疲れる文章でしたので、軽い気持ちで読める文章に改めます。人材育成に悩まれている経営者の方々、管理職の方々、これから人材育成トレーナーを目指される方々、ぜひともにお読みください。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†102】神は、人間を育成されたのではなく、自分のかたちに似せて、人間を創造されたのである(創世記)。人間は神のかたちにかたどって、創られた。以降、産出と育成は、人間に委ねられた。数万年以上、このことは変化していない。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†103】神が創造した生物の中で、人間は、種の保存のための同種の生き物の中での食い合いを良しとしない。他の生物の生きる目的の第一義は、種の保存である。しかしながら人間は、その生きる目的の第一義が、種の保存であるとは自覚していない。つまり、生きる目的は別にある、と。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†104】神はまた、彼ら(人間)を祝福し、このように神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」(創世記より) -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†105】神より託された人間の役割は、地を従えること、すべての生き物を支配することである。さて、「地を従える、すべての生き物を支配する」という意味とは何であろうか? 権力と武器を持って君臨し、独占することを指すのであろうか?いや、そうではない。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†106】この世に君臨し、この世を支配できるのは創造主である神のみである。人間は、神に似せて創られた神の雇い人でしかない。雇い人が、己が君臨者であり、支配者であると唱え、行動するなら、神はその雇い人を領地から追放するであろう。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†107】であればここで再び問う。君臨者であり、支配者である神が、雇い人である人間に投げかけた言葉、「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」の意味とは何か? -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†108】万軍の君主は領有の家臣たちに語る。「すべての領地を統治せよ。迷う者、従わぬ者は、忍耐強くこれを諭し、我の心と思いを正しく伝えよ。我は奪う者ではなく、与える者であることを。戦乱をもらたす者ではなく、平和と秩序をもらたす者であることを。」 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†109】神が人間を領主として雇い入れたのは、あらゆる領地とあらゆる生き物に、神の心と思いを正しく伝えるためである。神は奪う者ではなく、与える者であることを。戦乱をもらたす者ではなく、平和と秩序をもらたす者であることを。またその本質は「愛」であることを。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†110】組織統治のために人材をマネジメントすること、あるいは組織強化のために育成することの本質もまた、「愛を伝えること」にある。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†111】ここで登場する「愛」という言葉、育児やその他の教育論の中でもしばしば使われ、また私がよく読む聖書という書物の中にも頻繁に出てくるのですが、実はこの「愛」については、実践的な方法がよくわからない。つまり、どうすることが「愛する行為」なのか明確ではない。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†112】聖書の中では、「汝の隣り人を愛せよ。」「愛なくば一切は無に等しい。」などと教えられていますが、隣り人を愛する行為とはどういう行為なのか、よくわからないわけです。そこで、いましばらく「愛する方法」について語ります。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†113】辞書で「愛」という言葉を調べると、「慈しむ心」「相手のことを思いやること」「大切に思う気持ち」「個人的な感情を超越した幸せを願う深く温かい心」「キリスト教のアガペー」とか出てくるのですが、これは愛の言い換えであって、いずれも具体的ではありません。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†114】つまり、言葉を定義化してくれるはずの辞書でさえこのように抽象的にしか「愛」を説明してくれていないので、多くの人たちの「愛」の解釈もまたそれ以上に抽象的で、不確かな、あるいは自分勝手な捉え方になっていると考えられます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†115】これによって、「愛」という言葉は、重要でありながら、学術の世界からは敬遠されています。学術だけではなく、教育研修やカウンセリング、コーチングなどの実践の場からも遠ざかっているのです。でもそうなると、何か人間本質からズレた方法に陥っているようにも感じます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†116】私たちのSP+SYSTEMによる「育成術」においては、この「愛」というものを実践的な行為、方法として捉えています。つまり、「愛する行為」というものを具体的に解釈して、それをもとに人の育成をより具体的な方法として説明しています。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†117】SP+SYSTEMにおいては、「愛すること」を、「相手の真のニーズを受けとめ、その解決のために働くこと」と定義します。この言葉だけではよくわからないと思いますし、納得感が乏しいように思いますので、これについて解説していきます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†118】例えば辞書で言う「相手を慈しむ」「相手の心を思いやる」を愛することとするならば、その具体的な行為は「相手の心を感じ、その弱さや悲しみ、あるいは喜びや感動をそのまま受け入れて自分のことのように感じる行為」という解釈になるでしょう。ただし、やはりこれも曖昧です。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†119】相手の弱さや悲しみ、喜び、感動というものは感情であるので、それを感じるというのは、感情移入や共感と何が違うのか、ということになります。そもそも、それが「愛」なのかというと、それこそ思いやり程度のもので、「愛」であるようには思えません。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†120】何よりも、愛する行為の「行為」がよくわかりません。単なる感情移入では、行為までは描けません。また、人によって相手の感情の捉え方は異なりますし、自分自身のその時の感情にも左右されます。なので、このような言葉では定義できないのです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†121】このように見ていくと、「愛」という言葉は、こんなに身近であり、またよく使われながら、かつ聖書でも教えられるように「愛はすべての律法を成就させる」ほどに重要なものであるにも関わらず、ほとんどの人が曖昧に捉えている、ということになります。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†122】さらに申し上げると、この「愛」という言葉の定義の曖昧さが、宗教の対立や差別の問題を引き起こしている問題の本質ではないかと考えます。すなわち、例えばキリスト教とイスラム教も、お互いに解釈している「愛」の違いから対立しているように見えるからです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†123】たとえキリスト教とイスラム教、あるいは日本の神道の神様が異なるものであったとしても(私はそう思いませんが…)、「愛」においては必ず同じであります。なぜなら、それはすべての人間に共通するものだからです。だから解釈の違いがあろうとも、本質は一つであると考えます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†124】繰り返しますが、この愛の定義を「真のニーズを受け止めること」とし、愛する行為の定義を、「相手の真のニーズを受け止めて、それを解決するために働くこと」とします。「愛」とは、『真のニーズ』を受け止めることだと決めているわけです。さて、皆さん理解できますか? -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†125】その『真のニーズ』ってなんだ?となると、これはこの第一巻の最初から読んでいただく必要があるのですが、ざっと言えば、人間の心を動かす本質であり、かつまた多くの人たちと共有しており、真理を求める欲求でもある、となります。(ややこしや…) -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†126】それこそ定義が曖昧やないの?!と批判されるかもしれないですが、そんなことはないんです。確かに、『真のニーズ』の言葉の定義は私も苦労しながら追いかけていますので、明確にはまだなりきれていませんが、『真のニーズ』を発見することはそんなに難しくなくできます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†127】このように人の『真のニーズ』をズバッと洞察する手法がSP+SYSTEM技法でもあります。ただ以前は、この『真のニーズ』をズバッと出すことに重きがありましたが、最近は『真のニーズ』を受け止めることにSP+SYSTEMの本当の意味があると気づきました。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†128】なぜって、それが聖書でも教えられ、世界中で今日も多くの人たちが探している「愛」の本当の意味であることに気づいたからです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†129】まずもってこんな重要な神様からのメッセージが、100人足らずの中小企業の、しかも本業はなかなかうまくいかなくて毎月苦労しながらやっている会社の不出来な経営者に、教授されたというのが不思議です。ああ、ハレルヤ。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†130】さて本巻(†201〜)のテーマである「育成術」に戻りますと、人材育成の本質は「愛を伝えること」と語りました。この意味は、愛する行為を指すのではなくて、愛されていることを伝える行為であることになります。でも、なぜでしょう? -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†131】人が育つタイミングというのは、愛する方法を覚える時ではなくて、愛に気づく時なんです。これまで与えられてきた愛に気づく時、人は成長します。愛に気づかないまま、ただ歳を重ねていっても、人は老いるだけで、成長していないのです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†132】愛に気づくことで、人は人を愛するために自らを犠牲にすることができます。その時、人の心は神様と一つになります。愛に気づくことができなければ、いかに愛する方法を教えられても、またそれを実践したとしても、本当の「愛」には行きつかないです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†133】「集客術」や「組織ソリューション」技法をマスターし、トレーナー認定をとってもなお、その技に力がなくて成果を出せないという人は、「愛に気づくこと」がまだできていないわけです。「愛」は、SP+SYSTEMを成就させるものでもあるのです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†134】さて、ここからはもう少し詳しく「愛を伝える」手法について語ります。それはそのまま、「人を育てる」手法になります。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†135】愛を伝える(人を育てる)ために…その12カ条。 [1:神様を感じる] [2:愛に満たされる][3:祈る(神様と心を合わせる)] [4:自分の心の柱(ありたい姿)を見つける] -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†136】 [5:その人のことを祈る(心を感じる)] [6:その人が気づいていない愛を見つける] [7:なぜその人はその愛が気づけないのか、心の要因を見つける] [8:あなたの心の柱(ありたい姿)をその人に感じさせる] -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†137】 [9:その人の心を開ける] [10:あなたのありたい姿の中に、愛があることを伝える] [11:その人が愛に気づく勇気を支える] [12:その人と心を合わせる(愛によって一つになる)] -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†138】まずは[1:神様を感じる]についての説明からきちんと始めます。誤解が生まれやすい表現でもあります。冒頭から「神様」とか出てくるから、「俺は無宗教だし、無神論者だから関係ない!」と決められてはいけないですからね。神様を感じるのは、無宗教でも無神論でもできます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†139】神様と人間の壮大な歴史を書いた聖書にも、「誰も神と会ったものはいない。」と書かれています。だとすると、おそらく人類が誕生してから、神様と直接会った人はいないのではないかと思います。おそらく、神様は感じる存在なんだろうと思います。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†140】この「神様を感じる」ことは、多くの人が普通に経験していることであろうと思います。どういうことかというと、例えば自分が産まれてきて生かされていること。多くの人との出会いと別れ…。身近でありながら、自分の意志だけではどうしようもないことたちです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†141】つまり、「神様を感じる」という意味は、「自分の意志だけじゃなんともならんと感じる」という意味です。それは自分に関することだけではなく、例えば広大な自然や宇宙を感じても同じです。「自分の存在は小さくて、あるいは無に等しい」という感じとも言えるでしょうか。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†142】そんな無きに等しい存在である自分が、なぜか今生きていて、毎日過ごしているのが不思議ですね。それどころか、多くの人たちに世話になって、いろんな人たちと関わって、過ごしています。それもまた不思議、というか感動ですよね。この感動が「神様を感じる」の言い換えです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†143】ここまで書いて、朝が来て、「神の存在をあいまいにしてはいけない。」って怒られた。確かに自分は「神を感じる」ではなく、「確信」している。教育論シナリオとして立てようとする自分の我欲が原因か…反省。理論としての客観性より、「人を育てる」内実本位で書き進めます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†144】次の「2:愛に満たされる」も、「確信」によって立つ。つまり「神の前では、自分の中にダメなところ、不自由なところはない。人間がマイナスに思う弱点、欠点、障害、病、環境、人間関係、その他自分自身の全て、神の愛によって自分のために与えられたもの」という確信です。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†145】その時、きっとあなたは愛に満たされます。圧倒的に大きな存在の前に、自分が意識しているいくつかの苦しみは、心の微塵に過ぎないとわかる。でも、あなたの希望と愛は、その大いなる存在と対等です。「愛に満たされる。息もできないほど強い愛の力で抱きしめられる。」 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†146】あなたが愛を確信し、愛に満たされることがないなら、人を育てるお役目は避けた方が良いと思います。「教える」ことならできます。でも、「育てる」ことは難しいです。あなたが愛に満たされないならば、その人は、どうやって「愛」に気づくことができるでしょう。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†147】「愛は神様からの愛だけですか?」いえいえ、違います。人と人が心を合わせるところに「愛」があることを聖書は教えてくれていますし、私もそれを「確信」しています。でも、その「愛」を見つけるのは、神様の「愛」よりも難しいかもしれませんね。さらに書き進めます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†148】続いて[3:祈る]です。この「祈る」という言葉ほど、誤解されているものはないんじゃないかと思います。「困った時の神頼み」という言葉に代表されるように、祈りと言えば神様にお願いする、神様になんとかしてもらおうとする心を表すのが一般的です。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†149】でも違うんですよね。困った時に祈っても、例えば癌になってから治してくださいと祈って、じゃすぐに神様が治してくださるかというと、これは難しいんです。祈りは、治療薬ではなくて、予防策みたいなもので、前もって、そして何度でもやっておかないといけないんです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†150】どういうことかというと、祈るというのは神様と心を合わせる行為だからです。心を合わせるだけでは治らないんです。ただ、神様と心を合わせると、自分の心が透けて見えます。物欲、金銭欲などの我欲、ごう慢、いら立ち、ねたみ、うらやみ、まあまあいろいろ…。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†151】人間社会で生きていると、こうしたことが当たり前に見えて、他の人たちも普通にそんな欲情で生きているし、自分もないよりある方が良いからと、気づかないうちに心の周辺に欲がいっぱいまとわりつくわけです。それが『真のニーズ』と葛藤して、病気や災難を呼び込みます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†152】でも、欲なしで生きることなどできないし、人間社会で生きていくには適度の欲はプラスだとは思います。ただ、コントロールできなくなるとマズい。それを回避するのが、祈りであり、神様と心を合わせることで、自分の欲も知り、また悪い欲を追い出すこともできるんです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†153】さらに欲がコントロールされると、「自分」という存在が、なんのためにあるのか、なにを求めて生きているのか、明確になってきます。このような自分の生きる指針、これを『ありたい姿』と呼びます。ありたい姿は、欲求やニーズ、強味とか長所ではなく、生きる指針なんです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†154】そして、[4:自分の心の柱(ありたい姿)を見つける]に続きます。神と心を合わせることで心を透明にして、やがて見いだす自分の姿を「ありたい姿」と名づけます。皆さんの「ありたい姿」見つけられましたでしょうか。焦らなくても良いですよ。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†155】「ありたい姿」は、よく言われる自己実現像ではありません。「偉くなりたい」「尊敬されたい」とか。そんな自分本位の理想像は、神との心の一致からは得られません。まだSP+SYSTEMの初心者の方々は、こうした自分の「欲望」を出してしまいがちです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†156】「ありたい姿」は、自己実現像でなくて、自他共有実現像です。つまり、自分だけではなく、自分が育てるべき相手とも共有できるものになります。SP技法が理解できなくて遠ざかってしまう人の多くが、この「ありたい姿」が自己のみ実現像になってしまうケースです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†157】なぜ、自他で共有できるのかというと、「ありたい姿」も『真のニーズ』であり、心の根底で結びついているからです。自分の「ありたい姿」を洞察することで、育成すべき相手(例えば部下、社員、学生、生徒などなど)の「ありたい姿」も見えてきます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†158】でもまだ、相手は自分の「ありたい姿」にも、『真のニーズ』にも気づいていません。あなたは、自分の心の根底にある『真のニーズ』と「ありたい姿」にタッチしただけで、相手を動かすまでには行き着いていないからです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†159】この章が「育成術」ではなくて、「採用術」であるなら、これだけでも完成です。自分の「ありたい姿」を求職者に示して、『共感』してくる人材だけを採用すれば良いですからね。でも、「育成術」はもっと壁が高いです。『共感』のない人たちを、育成していく必要があるからです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†160】続く[5〜8]は、「愛」に気づくことのできない人たちに、あなたがどう向き合うのかをお伝えします。ただし、その前に必ず[1〜4]を繰り返し行い自らの「ありたい姿」を持ってください。そうでなければ、かえってマイナスになることもあるからです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†161】まず、[5:その人のことを祈る(心を感じる)]ことです。祈りというのは、神様に対するものだけではなくて、人に対するものもあります。その人のことを祈る、ということは、その人と心を合わせて、その人の心の中にある『真のニーズ』を感じていくことです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†162】心を落ち着けて、最初はその人の見えるところから感じていき、少しずつ、その人の心の中にある『真のニーズ』を感じていきます。ただし、すぐに感じることはできないかもしれませんし、どのように感じたらよいか、わからないかもしれません。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†164】「愛」をもって、その人のことを祈りながら、心と心を合わせていくと、その人のいろんなところが心に伝わってきます。悩みや喜び、寂しさや苦しさなど…、そのままに感じていきます。でも、まだそれは、その人の『真のニーズ』ではないかもしれません。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†165】本当の『真のニーズ』ならば、あなたの心にある『真のニーズ』と「共鳴」するからです。「悲しそうだ、寂しそうだ、苦しそうだ…」という一方的な感覚だけで、その人をケアーしてしまうと、かえって「甘え」の原因になります。これがマイナスになる、という意味です。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†166】その人の『真のニーズ』がまだ明確でない、あるいはまだあなたの心と共鳴するほどでない場合、どうすれば良いでしょう。実際には、相手だけではなく、自分の『真のニーズ』さえも気づくのは極めて難しいのです。でも、そうだとすれば先に進めないのか。いえ、大丈夫です。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†167】『真のニーズ』を、その人に与えられている「愛」から導く手法です。《†124》にて、「愛」の定義を「真のニーズを受け止めること」と書きました。それが真理ならば、与えられている「愛」が何か分かれば、そこに『真のニーズ』が見えてくるはずです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†168】つまり『真のニーズ』を見つけるために、[6:その人が気づいていない愛を見つける]のです。それは、その人に神様が与えてくれている「愛」を指します。その人のことをよく見つめてみて、その人が与えられている「愛」に気づいてください。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†169】そうです。その人は、これまで大きな「愛」を受けて育ってきました。でもその「愛」を、その時に「愛」だと気づきませんでした。それどころか、むしろ悪魔が与えた苦しみだと捉えていたのです。無理もありません。心がそれほど強くなかったからです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†170】今ここで、その時に苦しみと捉えた経験を、「愛」であったと捉え直してみてください。そしてその「愛」は、その人の、どのような『真のニーズ』を受け止める行為であったのかも…。すると何か感じませんか。そうです、あなたの心が今「共鳴」しています。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†171】世界で一番、人生を幸福に生きる方法を知っていますか?もし知らないなら教えてあげます。それは、目の前にある「不幸」や「苦難」を、「与えられているとても大きな愛」と気づくことです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†172】「私はそんなに強くないからできない!」と怒られそうですが、「愛」に気づくというのは、見える現実(生老病死の苦難)を直視することではないんです。それを直視するだけの魂の浄化と完成を教える哲学や宗教はありますが、SP式ではそう教えません。だって、難しいですもの。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†173】「じゃ、SP式ではどうするんですか!?」と言うと、こう考えます。“倒産が仮に与えられている「愛」というならば、『真のニーズ』とは何だろう?”という問いです。『真のニーズ』を受け止めるのか「愛」なら、与えられている「愛」から『真のニーズ』を探れるはずですね。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†174】例として「倒産」ならば、会社がいきなり倒産することはなくて、そこに至るまでにいろいろ出来事が発生します。例えば、会社の資金繰りが厳しくなるとか、大口の取引先から不渡りが起こるとか。そういった出来事の一つ一つも「愛」と捉えて、『真のニーズ』を発見します。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†175】ちなみに、資金繰りが厳しくなることの『真のニーズ』は、「愛が与えられていることに気づかず、お金の方を自分に与えられているものとして取り違えてしまう」ことですね。だから、そういう人からはお金を取り上げて、資金繰りを厳しくされます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†176】そんな感じで、その人が直面している「不幸」とか「苦難」の中にある、与えられている「愛」と『真のニーズ』を洞察します。できますよね。そして、[7:なぜその人はその愛が気づけないのか、心の要因を見つける]に至ります。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†177】与えられている「愛」にも、自らの『真のニーズ』にも気づかずに生きているのが人間なんです。それは決してダメなことではなくて、そういう「不幸」や「苦難」に面して、「愛」に気づいて成長していくのも人間なんです。SP式というのは、「なまけ者の幸福学」みたいですね。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†178】相手の『真のニーズ』が見えてきて、さらにはそれをその人が気づいていないことがわかったら、次はどうするか…。もしその人を、あなたの力によって「愛」に気づかせたい、と思うなら、[8:あなたの心の柱(ありたい姿)をその人に感じさせる]に進みます。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†179】『真のニーズ』が見えないのは、与えられている「愛」を感じられないからでした。その人に「あなたは愛されている!」と伝えても、その人は感じられないんです。正確に言うと感じられないのではなく、受信機がまだ微弱か、あるいは現実の壁で電波を受けられない状態なんです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†180】ここで必要なのは、あなた心からの純粋な「ありたい姿」です。ありたい姿のところで説明したように、本当のありたい姿は、神様と心を一つにする(つまり、純粋な心で祈る)時に得られるあなたの本当の心を指します。その心を、ゆっくりと、その人に感じさせていくことです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†181】その人にどうやって感じさせるのか。説明するのか、教えるのか…。いえいえ違います。何より大切なのは「その人とともに生きること」です。これは、一緒になるとか、ともに住むとかではなくて、「何があろうとも、ともに心を合わせて生きていく」という決意をすることです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†182】心を合わせて生きていく決意をしたら、その人のことをずっと祈り続けます。ずっとです。「ずっとなんて、そんなことできないって?」であれば、「心を合わせて生きていく決意をした」なんて言わないでください。まずはそれができるまで、次には進まないでください。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†183】祈るとは、心を合わせること。神様に祈るとは、神様と心合わせること。人のことを祈るとは、その人と心合わせること。心を合わせると、互いの心の扉が開きます。一方的ではなく、相手の心の扉も開きます。[9:その人の心を開ける]とは、その意味です。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†184】いくら祈っても、あるいは心を合わせようとしても、相手はちっとも心を合わせてくれない、と嘆くことがあるかも…。それは、あなたの心にまだ「ありたい姿」が見つかっていないから。つまり、神様の心と合わさっていないからです。この意味を、ゆっくりと考えてみてください。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†185】そもそも神様という言葉が出てくると、宗教的で、実態もわからず、理解ができない、と思われるかもしれません。いいんですよ。あなたの解釈は正しいです。神様が理解できなければ、「愛」と捉えてください。全ての人や生き物、この世に与えられている「限りない愛」のことです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†186】神様が「愛」であり、全ての人に与えられているものなら、なぜ多くの宗教は自らの信条で信徒を囲い込むんですか?と問われたら、よくわかりません。でもたぶん、いろんな民族、生活習慣、個性や考え方の人たちが、それらを通して「愛に気づく」ためじゃないかな…と。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†187】ところで「ありたい姿」ってわかりましたでしょうか。SP+SYSTEMの基本では、“ありのままの自分の心、理想の心”と解釈してきました。「集客術」では“真理を求める心”とも言い、この「育成術」では“神様と心合わせることによって見えるもの”と話してきました。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†188】結局なんなのかということになると、「人を愛する心」ということになりますね。「人を愛すること」が理想であり、真理であり、神様と心合わせることによって見えるもの、ということです。儒教においては「仁」と呼ばれ、仏教においては「慈悲」とも呼ばれるものです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†189】もしそうだとすると、人間の人生は、与えられている「愛」に気づかずに悩みと苦しみを背負って過ごし、時には人を傷つけて自覚のない罪を背負いながら、ある時「愛に気づくこと」によって成長し、やがて「人を愛する心」を受け入れ、年老いていく、ことなのでしょう。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†190】「育成術」が意味するところも、人を育てる、というのは、その人が人生のどの段階にあるのかを考えたうえで、適切な接し方を行うということでしょう。若い人、それなりに社会で経験を積んできた人、悩みや苦難の中にある人、年老いて寂しさの中にある人など。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†191】あなたが、相手の心の扉を開けることができたら、[10:あなたのありたい姿の中に、愛があることを伝える]ことをしてください。まだ心がナイーブな若い人たちには、優しさをもって。苦難の底にある人たちには、慰めをもって。老いの寂しさにある人たちには、喜びをもって。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†192】あなたの「ありたい姿」から、神様の心、すなわち「愛」がその人の心の中に染み込みます。あなたは、その人にとって、心を満たしてくれるかけがえのない人となるでしょう。でも、それがゴールではありません。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†193】人を育てる道は、その人があなたの「愛」を受け入れることではなくて、全ての与えられている「愛」に気づくことです。あなたの「愛」への気づきは、その入り口でしかありません。あなたも、そこで終わってしまってはいけません。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†194】そんな必要ない?その人があなたの愛に気づいてくれたらそれで十分ですって?ずっとそれを求めていたからですか?そうですね。あなた以外の人からの「愛」に気づくことは、もしかしたらあなたの存在を小さくしてしまうかもしれませんね。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†195】その人が、与えられている全ての「愛」に気づくことは、あなたにとって勇気のいることですね。もしかしたら、その人に「愛」を与えてくれている人の中には、あなたがどうしても許せない「あの人」もいるかもしれませんね。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†196】でも、神様はあなたを愛するように、「あの人」をも愛しています。そして、あなたが育てようとする「その人」には、与えられている「愛」に気づかせてあげることで、成長させてあげましょうよ。人生は素晴らしいものだと感じさせてあげましょうよ。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†197】そして、[11:その人が愛に気づく勇気を支える]は成就されます。でも、そのためには、あなたの勇気も試されます。でも、大丈夫ですよね。あなたには、与えられている「愛」を受け止める喜びがありますから、人を赦すことはわけないはずです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†198】その人が、勇気をもって、与えられている「愛」を受け入れることができたなら、その人に何かの変化が起こります。これは見えないところではなくて、見えるところでの、はっきりとした変化です。そう、その変化が「成長」なんです。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†199】あれあれ?あなたは落ち込んでいるんですか?その人の成長を喜ぶことよりも、なにか自分から離れてしまったように感じて、寂しくなっているんですね。でも離れてしまったって、本当ですか?違いますよ。その人に聞いてご覧なさい。あなたのことをどう思っているかって。 -
shin_nakamoon shin_naka【真のニーズ†200】ほらね、そうでしょ。あなたのことを、誰よりも感謝してくれているじゃないですか。だって、あなたによって、その人は、「愛」に気づくことができたんです。恐れずに、その人と心を合わせてみて。[12:その人と心を合わせる(愛によって一つになる)]ために。(完)
育成術
「真のニーズ」からの「育成術」の技を伝授します。

